日本語の表現を記述するための適切なメタ言語を模索する試行錯誤であり、
適切なメタ言語を見出すことが、自他の観察がどのように照応するのかを
確かめることを可能にし、その手応への確認が哲学となる。自らの過去の
書込みを振り返っても、そこに多くの錯誤が含まれることに気づかされる
が、錯誤であれ、書き込むことが歩みを促し、それなしには試みとして
の思索の歩を進めることができない。