>>28
>私は「世界そのものの無について、漠然とした不安を抱」いたことなんてないように思うのですが、
>その不安は多くの人が感じているものですか。
>また、その不安は例えばどういう時にどんな風に感じるものですか。

 多くの人は感じたことはないでしょうね。何か契機があれば感じますよ。ガン告知で入院し、
自分がもしかしたらあと数カ月で死んでしまうかもしれない、とか。何か自分が生を受けた
ことの使命を感じたときとか、生きている間にこれをやっておかなければならないと感じた
とき。死はいつでもやってくるもので、実は今このときもそうです。そのときに初めて本来的自己
とは何か考えるようになる。雑音が入らなくなる。

 会社で出世すること、人並みと呼ばれること、勝ち組の仲間になること、空気が読めること、
・・・等々、いかに自分が本来性を忘れていたかに初めて気が付く。

 良心の呼び声はそういう‘人並み’等々に引き摺られていく頽落から抜けさせる自己なんです。
しかしそういうことに気が付くことは難しいです。有る、の意味を問うというのはそういうことでし
ょう。