>>87
 
 なので「有るものの根本性格としての悲劇」、ということにはニーチェ解読作業と一つの意味が
ある。つまりニーチェから引用なしでハイデッガーが編み出した命題ではない。よってこれが
『存在と時間』では語られなかったのは当然といえば当然。『存在と時間』はニーチェ解読作業
ではないから。ニーチェを読みながらニーチェを有の思索の先行者として読んでいくのが
ハイデガーの『ニーチェ』。悲劇的なもの・有るものの根本性格、というのもニーチェから
受けついでいった概念。

 命題を書かれた文脈から切り離して読んでしまうと訳が分からなくなる。本の読み方は
大事。