Yuta Komura
@Yutakom
鹿野さんのドゥルーズ本、ちょこちょこ読んでいるけど、当初の予想よりもちゃんとした本だと思う。
個人的にはとても勉強になっている。
とはいえ第1章第5節の中世哲学のセクションについて、専門家の目からすると、やや気になるところがあるのは確か。

もちろん著者はドゥルーズ解釈を主眼にしているのであり、
彼の中世哲学の解釈が彼の論文全体の構成にさほど瑕疵を与えないという前提のもとでの指摘ではあるけれど。
まず、アヴィセンナ、スコトゥス、オッカムにかんして、一次文献をおそらく参照していない。

アヴィセンナはアラビア語だし、オッカム、スコトゥスのラテン語も参照は少し難しいとは思うけど、
例えばアヴィセンナの『治癒の書』「形而上学」はMarmuraによる英アラ対訳版が出ているし、
原文にあたることが難しい状況ではない。

実はスコトゥスとオッカムの方が一次文献のチェックが大変なのだけど、
『オルディナティオ』1.3や『大論理学』は邦訳があるので、普通に一次文献に触れることが可能なのだし、
実際に一次文献を踏まえて書いてくれればもっと深い記述になったかも。

またアヴィセンナにかんして、m?hiyya, essentia, essenceとしているけど、
m?hiyyaは(鹿野さんも注で引くように)quidditas と訳されるのが普通であり、essentiaと訳されるのは一般的にdh?tである。
Avicenna Latinusを見るとm?hiyyaがessentiaと訳される例も2例あるのだけど、

一般的に考えると、アヴィセンナにかんしてm?hiyya, essentia, essenceとするのはミスリーディングと思われる。
「本質」と「何であるか性」を別物として考えるか、同じものと見なすのかはまた別の問題だけど、
少なくとも原語において二つの概念は別の単語を使用している。