「『大海原で激しい風が波を逆立たせていて、他人がさんざん苦労して
いるのを、陸地から眺めるのは心地よい(ルクレティウス「事物の本姓
について」二の一−二)』人間から、このような性質の萌芽を取り去って
しまったならば、人間の生き方の根本をなす存在様態を破壊しかねない。
同じく、いかなる統治体制にも、単に卑賤であるばかりか、悪徳な職務
が必要とされる。それらの悪徳は、そこにしかるべき場所を見出して、
われわれ人間社会における縫い目として活用される―あたかも毒が、
人間の健康の維持に使われるように」

「そうした悪徳をわれわれが必要としているのだし、この共通の必要性
なるものによって、悪という真の性質が捨象されているのだから、それは
許容されるべきだというのなら、その役目を、われわれなどより、
もっとたくましくて、臆病ではない市民たちに演じさせるべきだ。
彼らならば、祖国を救うために、自分の命を犠牲にした昔の人々のように、
自分たちの名誉も良心も犠牲にするはずだ。でも、われわれのような
弱虫人間は、もっと簡単で、危険の少ない役割を引き受けるとしよう。
公共の利益が、裏切りや、嘘や、殺戮を要求するのであり、こういう
任務は、もっと従順で、柔軟な人々にお任せしようではないか。」
モンテーニュ「エセー6」p.13 宮下志朗訳