昨今というか、2000年以降は、signifierとsignifiedとの隔たりが無くなるような
場合への関心が高まってきたのではないか?
特にperforming artsの領域でその動きが激しいような。
それらに関しては何を隠そうというか、俺自身がバルト、フーコー、デリダらを
無論含めて、彼等以降の哲学者らよりも遥かに独創的な意見を持ってるんだがw
國分の中動態についてもラジカルな意見が俺にあるw

ちなみに俺は497。