>>171
俺も倫理は不文律だとは思うけど、「倫理」は主義主張でも思想でもないという点は違うと思う
正確には「倫理はひとつ」という思想も当然ある訳だが、それはあくまでその思想の人達にとってだけ(「神は絶対」という人が他の神を認めない様に)
例えばイスラームの戦士達はイスラームの神の為に行動して犠牲者を出すけども、「彼らの倫理が間違っている」とは論理的には言えない(「私達の倫理では許されない行為だ」とは言える)
自己犠牲を倫理的と捉えない人も当然いる
「倫理は人間にとって最大公約数的なもの」というのは単に「共通認識と思われている倫理」でしかないと言えるし、それこそ世界標準といえるとのは少なくとも今は無い様に見える
「我々の倫理」と思っている者は「自由民主主義圏のキリスト教寄りの思想圏の倫理」でしかない「論理では決まらないから各々の倫理を採用する人達の力関係で決まる」と言える
「相手の生死に無関係なら非寛容でも良い」について、これは相手にどれくらい影響を与えるかで変わってくるはず
ある人にとっては問題ない行為が別の人にとっては大変な悪行の場合があるから、清く生きているつもりの人が、別の人から悪人と糾弾される事がある
文句を言われるくらい良いという人もいるが、これがデモなどの大規模な行動で批判されても答えが同じとは限らない
例えば、倫理で保護されるべき対象が人間までか、動物までか、植物までか、果ては無機物も含む自然全てか、これは論理では決まらない訳だが、木こりが悪人とされる思想、牛飼いが悪人とされる思想、奴隷商人が悪人とされる思想、どれもあり得る
俺も貴方も、悪いのは奴隷商人だけだと思うだろうが、牛飼いを悪と呼ぶ人も私は知っている(木こりを悪と呼ぶ人は見たことはない)