>>470
こういった状況下で喰わせてくれる人はそれだけで偉いです
サバイバルに自信があるといっても、あとの二人の分も面倒見た方が将来的には良いと思いますね
ひとりきりよりも二人三人いた方が生き延びていけるはずです

そうすると「サバイバルに自信がある人」の言うことが絶対的になります
他の2人にとっては隷属的な立場に立たされることになるでしょう

そこにもう一つの集団が現れて、食料の面倒を見てくれる人がいたとします
そうすると、「サバイバルに自信がある人」はもう一つの集団の長と比較されるわけです

それが>>408で言いたかったことですね


>>471
人間関係の中で親子関係だけであったら、「倫理観」という概念は生まれません
親子関係だけではない人間関係が「倫理観」という概念を生みます
人間はどうしても比較してしまうものです

自我とか自意識というものがどう生まれるのか
生まれながらにして「自我とか自意識」を備わっている人間はいません
それは確かです

自分と他人との差異を感じるとき、自分は自分であることを認識できると(わたしは)思っています
つまり他人がいて初めて自分を認識できるということです

倫理観も同様です
ある「しきたり」があって、それを守っている集団の中だけで生きていれば、
それが正しいのかどうか疑問を持つのはなかなか難しいです
そのしきたりがない集団があって、そのなかで暮らし、
それで何の問題もなく過ごせれば初めてその「しきたり」に疑問を持つことができます

あなたももちろんそうです
あなたの主張はそういったものだからです