ここ難そうで読んでないで書くんだけど。あとから読む
キリスト教はルサンチマンでもあるという記事みたのだけど、儒教も道徳の一つではあるけれど、現代では資本主義によるのか倫理意識がかなり薄いと思う
自分、今さら思うと家庭はとても幸せだったが父は洗礼まではしてないけれどキリスト教の思想で子供を育てたのだと気づいた
当たり前だと思ってたが周囲も例外を除きある程度の道徳があった
実は道徳の時間もあった気がする
父は大企業にいたので父の言葉でズルさもたまに感じたことはある
それは社会に生きるのは当然必要な事と今更わかる
自分ら兄弟は皆父のように優秀ではあったが
リベラルで自由、平等な教育をしてたけど進路の時点で家長的な独善が出て、今は漸く中流一人、一人は目立つやつだったのにインセルのよう、もう一人悩み深い自分に。
自分の場合思春期時代ピュアにそしてアナーキーに憧れたのもある
自分語りにもなったが狭き門だったり清貧を感じ、父のネオリベ的な社会安定を信じなかった
勿論子供を守るためだったのもあるのだが。
話がそれてしまったが病や諸事情で人生は変化して行く