>>547
近代以降が特殊な時代であるのはその通りなんだけど
近代から現代にかけても人間は人間(交換する動物)のままだから今でも「贈与と返礼の社会」であることは変わってない
むしろ、交換のシステム(贈与と返礼)は近代資本主義によって加速している
交換(贈与と返礼)は別に助け合いのためにやってるわけでもなければ公平感のバランスを保つためにやっているわけでもない
交換(贈与と返礼)は何らかの目的を達成するための手段ではなく、人間とはそもそも交換する動物だから交換をしているんだよ
必要に迫られて交換しているのではなく交換のために交換をしている、交換自体が目的であって目的達成のための手段ではない

>>548
社会が成立しているのは公平感のバランスが保たれているからではなく、人間が相変わらず交換(贈与と返礼)をしているからだ
人が、ただ生きているだけの「ヒト」という動物ではなく、社会的存在としての「人間」であるのは(象徴・記号を)交換するが故だ
古代や中世、あるいは「いわゆる未開社会」で行われていた財物の交換(クラ交換やポトラッチ)や女性の交換(婚姻)においても
財物自体や女性自体を交換していたというよりも財物や女性は象徴・記号を交換するための担い手・媒体(メディア)として機能していた
近代資本主義社会でも、お金自体や商品(財・サービス)自体が交換されているのではない
お金は価値の媒体として、商品は商品イメージの媒体として機能しているだけで実態としては価値やイメージの象徴・記号が交換されている

>>541
人が一人では生きられないのは誰かに助けてもらわないと死んでしまうという意味ではなく
他者が存在しないと交換相手の不在により、ヒトを人間たらしめる象徴交換が不可能になるからだよね
人間とは象徴を操り、象徴に操られる言語記号的存在、ホモ・シンボリクス、ホモ・ロクエンスなのだから
そして倫理の形成には、どのような記号がどのように交換されるかに掛かっているから
その意味(交換相手が必要)でなら「まず決定的に重要なことは人は一人では生きられない」という点には同意できるよ

>>573
どのような倫理観であろうとも「正しい根拠」なんて無いのはその通りだと思うけど
正しい根拠がないからといって「倫理なんて全て無視していいんだ」と考えているわけでもないよね
多分その部分はあなたや私も含めてみんな共有できているはずだとは思うんだけど
あなたは問うているのは「倫理が形成されるメカニズムって何なの?」ってことだよね
で、まだ納得のいく回答が得られていないと
誰かに聞くのもいいんだけど、まず自分なりの考えも提示してみてほしい