「結果として生じる悲惨さがまだましである」と美学化してた人は、
要するに梶原一騎でしょう。


星一徹の家族は、傍目には悲惨に見えるかも知れないが、
当時の時代、昭和30年代の風景としては、ああいうのは普通だったし、
またそれを、美しいと見做すことのできる感性のシステムが、必要とされていた。。。