498 :地震雷火事名無し(奈良県):2013/08/11(日) NY:AN:NY.AN ID:QD/tU2pS0
《子供は子供が嫌い》(志村貴子「楽園に行こう」、「ぼくはおんなのこ」所収)らしい。年
齢的な意味で子供である子供が子供を嫌うということはないだろうから、年齢的な意味で
は大人でありながら、精神的に大人になり切れていないという意味での子供は、子供を嫌う
ということであろう。たしかに、子供には嫌なところがある。大人になり切れていないと、
そういうところが自分を映す鏡のように思えてきて、子供が嫌いになるのであろう。
ところで、葛城ミサトは「Air」で、碇シンジに、大意として「自分で考えて、自分で決め
て、自分で責任を取りなさい」と諭しているが、さしあたって、大人とはこのようなもので
あるといっていいであろう。しかし、日本社会では、幼いころから、自分で考えてはならず、
自分で決めてもならないと叩き込まれる。その代わり、責任もないのであるが。社会によっ
て、子供であれ、と命じられているといって構わない。「大人のいない国」(鷲田清一、内田
樹)といわれるのも、故なきことではない。
しかし、子供であれ、と命じられているといっても、子供の嫌なところを持ち続けなければ
ならない、という意味ではない。それは、子供っぽくあれ、という意味である。つまり、子
供の嫌なところを落とした子供であれ、と命じられているわけだ。日本社会は子供っぽいの
が好きなのである。このブログのタイトルである「子供ぽいの好き」は社会のそうしたあり
ようを揶揄するものである。

子供ブログの草稿を書いてみたが
絶望的に出来が悪い…ので
やめておいた

【原発】原発情報3293【放射能】