長文は、相互監視というネタを思いつく。調べているうちに、明らかになるその独創性の
なさ。意地で書き上げられる数枚のテクスト。しかし、そこにアカポスという名の未来は
なかった。
次回、一望監視と相互監視。
数枚の構成主義的日本文化論は書き上げられた。長文は、それを過去の理論にぶつけよう
とする。それは、現在の理論には歯が立たないが、過去の理論なら何とかなるという甘い
考えからだった。しかし、アカポスは遠のいていく。長文の願いを嘲うかのように。
次回、ディラックの海。