>>88
>経験していない過去は未来であり得る
これは「経験していない過去は(いつかそこに着目すれば)未来(の経験)であり得る」
ということでよろしかったでしょうか。
となるとじつは経験した過去であっても同様にそれは未来の経験で
(しかも再経験ではなく新経験として)あり得るように思えます。
これは「知」が開放系であるというところにつながる気がします。
時間というのは客観的なものだけではなくけっこう主観も混ざっていそうだ、
というところにもつながります。
この延長で円を特別な図形だと考えるのも主観が混ざっているのではないか
というところにつながる気がするのですが、いかがでしょうか。