>>88
>創発に関しては(中略)
>発見とか整合とか身近な言葉で置き換えられないものかと考えます
私としてはあいかわらず「創発」という表現にこだわりたいと思っているわけですけど
これはようするに考え方の違いのような気がしてきました。
私はたぶん「意識」を一般化したいのだろうと思います。
たとえば栗本慎一郎は原子も構造的には生命であると言い切っていますが、
普通の感性ではやっぱり原子は生命ではないし、
私としてもそれを生命として位置づける意味はあまりない気がします。
しかし構造的に同じものだというのは分かる気がします。
生命も原子も動的平衡系として理解できるとか、そういうかんじでしょうか。
私はヒトの意識は原始的でより単純なものから進化してきたのではないか
と考えているわけですが、
ある程度のレベル以下のものは「意識」とは表現しにくい気もしています。
少なくとも「人格」とは言えないはずです。
それでもそのころから「創発」的なことは起こっていて
その場合はたとえば「気付き」のような人格性を前提にした表現にはしにくい
とか思ったりもするわけです。
「気付き」とか「整合」とか「発明」なども一般的な(人格的でない)自然現象
に還元したいのでしょう。
ただ「原始的な意識」が空想ですから主観主義がそれを認めにくい
というのもわかる気はするところです。