>>146
ここまで来ると、謙虚とは何かという問題に突き当りますね。
人により「謙虚」の意味の持ち方が違えば、
どういう考え方が謙虚かもまちまちなのも当然ですから。

個人的には、事実とか真理、答えなどに関しては、
人間の理性にとって、それらが「ほとんど未知状態」である
→だから、それらが実際にあるかどうかも断定しきれない
→ただ、多くの経験から、それらが「未知」としてあるという仮定(又はモデル)を採用する
存在論・形而上学などは有用である(正当性があるかはともかく)
と考えるのが謙虚だと思っています。

一方で、「梵我一如」や「存在論的独我論」などが
正しいか正しくないか人間の理性ではっきりと判断できる
と考えるのはやはり謙虚でないと考えます。