>>195
>「ある物事がある」という事実こそ本質的
私もそれはそうだと思いますが、
ただし解釈が時計さんとは違いそうですけど、
いずれにしてもこの問題は「語り得ぬもの」の可能性がありそうです。
時計さんはどのように折り合いをつけますか?

これは私の勝手な感覚ですけど、
前期ウィトゲンシュタインというのは、プラトンの洞窟でいうと
見えているこちら側をひたすら解釈したものであるのに対して、
後期ウィトゲンシュタインは洞窟の外側を視野に入れようとしたもの
という印象です。
これはすなわち「語り得ぬもの」の可能性さえありますが、
しかし洞窟の外側はマイケルポランニーはもちろん
ニーチェ、ソシュール、メルロ=ポンティなどもたぶん漠然とながら
意識していたのだろうという気がします。
おそらく答えは検証できない領域です。
私はそこで飛躍することにしていますけど
主観主義は答えの出ないかもしれない問題をどう処理するのか、
ちょっと気になったもんで質問させていただきます。