「うす(薄)し」の「う」は、「表面化」を表現しており、「す」は、
この場合も、「表面化」の作用が「妨げなく働く」ことを表現していると
考えられます。これは、既に繰り返し説明してきたことなので、
なぜそのように推測されるのかの詳細は、ここでは省きます。