>>521
進化のメカニズムについて、別の言い回しを考えました。
セントラルドグマによると生物の変化はDNAに起こる突然変異によるもの
ということになっているようですが、それはつまり偶然ということです。
となるとそれはまったくランダムである以上
生命体も支離滅裂なタイプがもっとあってもいい気がするわけです。
たとえば歩くと足が折れる生物とか咀嚼すると歯が折れる生物とか
足の裏に目があって見づらいやつとか風が皮膚に当たると滅茶苦茶痛がる奴とか
そういう生物のタヒ体(タヒ産されたものも含めて)が自然界に無数にあれば
たまたま生まれたいい感じのものが生き残るべくして生き残った
というかんじがありますが、
しかし実際には現在にも過去にもそのような印象はなく、
つまり始めの時点で変なものを予め排除するシステムがあるのではないか、
生物の変異はランダムではなくある程度の基準があるのではないかということになるわけです。
むしろ生まれてきている生物は一応は生物として成立しているのみならず
その大半がそれぞれの環境に適応していそうな印象さえあります。
与えられた環境は偶然かもしれませんが、
適応はシステムによるもののような気がするわけです。

なお、くどいようですけど、そこでこのスレッド的に問題になるのは
そのメカニズムが物心二元論で捉えきれるものなのかどうかというところです。
かと言って普通の唯物論なり唯心論なりでもちょっと無理はありそうで
それぞれが物質だの精神だのをとらえ直す必要もある気はします。
ちなみに私は主観主義的にも整合性がある答えはあり得る気がしています。
じつは今までの流れからそれをざっくり言ってしまえば「運命」ということになるのでしょうけど、
さて、もうちょっと何かが欲しいというのは欲張りでしょうか。