>>588 その2
「確かに」については私は確かに注意していませんでした。
確か以前時計さんとは扉の閉まっている冷蔵庫の中の牛乳は存在していない
という方向で一致していたように記憶していたので
「おやおやおや」となったわけですけど、
そういうことなら確かにそれはそうです。
ただじつは私も細かい言い回しにはこだわっていたつもりで
>>579では「牛乳として存在しているわけではない」としています。
つまり牛乳ではなくとも何かがあるというニュアンスのつもりではあったのでした。
ただし「何かがある」というのは「存在」とはかぎらず、
私としてはむしろ「機能」とか「仕掛け」とか
そういうかんじなのではないかと考えるところです。

私としては「牛乳は冷蔵庫の中にあるのではなく本当は意識の中にある」
というような考え方を支持します。
禅か何かにはありがちなパターンだと思います。
この問題は「素粒子はどこにあるのか」という問題にも繋がるはずです。
もちろん「素粒子とはどのようなものなのか」というふうにも展開されます。