>>639
私としては学会がこの問題を学問的にどう扱っているのかといった事情は
どこ吹く風のチンピラという立場であり、
ましてこの問題が彼らの宗教と如何にかかわるのかなどは知ったこっちゃない
というふうにも思ったりはするのですが、
しかしよく考えてみると他人事ではないかんじもニワカにしてきたところです。

というのは(ここからは単なる年寄りのボヤキになります)
まず状況の説明からですけど
私は意識のハードプロブレムは物心二元論にとっては当然の展開であり
物心二元論が見誤っているのだからその問題も無効という立場ですが、
そこで私が唯心論を主張するとすなわち流れ的に物質の存在を主張する人たち
から反論されることになったりします。
私としてはそういう人たちと意見交換をしてみたかったからこそ書き込みをしているわけで
もちろんそれ自体はぜんぜんオッケーなんですけど、
ただそこで物質の存在を主張するのであるならばその根拠を示してほしいと促すと
「根拠はないけど物質が存在しない訳はない」みたくなるのです。
つまり私の印象では唯物論も信仰であり、
場合によっては話し合いができなくなるかんじがあったりもします。
中にはヒステリーを起こしかねないような人までいて
偏見ながら典型的な宗教系のノリを感じます。
ご指摘の非一元論者による妨害工作の実情については私は存じませんが
私にはなぜだか学者の社会における主流は唯物論という印象があって
そこで非一元論と唯物論の対立の本質が「宗教論争」となれば
あるいは非一元論から唯物論へという流れがあるのであれば
それはご指摘の意味では「改宗」であり
そしてあらためて思えばそれはそれでリアリティがある気もしたりするわけです。
人にとっては神の存在を否定するよりも違う神を信じる方が現実的な選択
ということなのかなとも思ったのでした。