>>887
私のかんじでは、存在とはクオリアのように境界上に成立するもので
その向こう側とこちら側とが相互作用(変化)するからこその「存在」であり
つまり変化はむしろ存在にとって前提のような気がするところです。
どちらかというと「エネルギー」「保存」「エネルギー保存」などが幻想で
何故そのようなことがあるのかの方が問題になるのではないか
と考えます。
脳に記録されているとされる私たちの「記憶」というのも
絶え間ない変化の中に浮かび上がるマボロシみたいなイメージです。
脳自体は新陳代謝で構成要素がどんどん入れ替わっているにもかかわらず
それでも何かは維持されているわけです。