俺は宇佐美典也の考えに近くて
経済と感染症対策の均衡点を超過死亡者数で中立なところに持っていくべきだが
そんな完璧にコントロールできないからバッファー考えれば超過死亡マイナスぐらいの制御でいい
と考えてて比較的保守系ゼロコロナ(を目指す)派の奴は国家による強権を普段から肯定してるからそんな違和感ないけど

リベラル系ゼロコロナ(を目指す)派は普段国家による強権否定してるのに
ゼロコロナのためなら国家によるロックダウンや酒禁止、移動の自由禁止などの強権施行
もやむなしみたいになってるのがねじれを感じるんだよな
国家による強権に断固否定しつつゼロコロナを目指す理論(現実的には無理だろうけど)はまだわかる