俺は前に別スレでご当人らしき人物と直接ぶつかったこともある
他者を徹底糾弾することの問題性を理解出来てないなって印象が強かった
正しい側は間違った側をどれだけ裁き、断じ、成敗しても構わないっていうのが前提になってて

そうじゃなく、どれだけ自分で自分を正しいと信じている時にもそこに疑問を挟む余地がなければそれは正しさや正義の暴走になってしまうってことを話しても理解してもらえなかった

頭ごなしに絶対の悪人扱いをされて、裁かれて、断じられて、糾弾されることを平然と受け入れられる人間がどれだけ居るのか
自己の正しさを盲信すると、正しさから糾弾をされる相手の痛みや苦しみや怒りがどうでもいいものになる
全てされている相手の自業自得、受けて当然の罰のようになってしまうからな
だからこそ、その正しさをもう正しさとは言えなくなるんだ
それは他者に積極的に苦痛を与えることの正当化に他ならなくなるから

絶対の正しさなんてものはまずこの世界には何処にも無い
それが哲学土壌
誰だって間違える
それは人間の実存
そして自己と他者は倫理の土壌の上では思想も主義も価値観も関係なく平等

それら全てを踏まえれば一方的な断罪と糾弾がいかに暴力的な行為であるかは自明になると思うんだけどな
それを誰が誰に行うのだとしても