>>464
論点をすり替えてる
誰かが言ったからその定義が事実になる訳ではない
このことは理解出来るだろ
ただ、だからと言って誰の言葉もすべてが事実に該当しないなんてことは誰も言ってない

出生に対して懐疑的、批判的、否定的、反対の立場を取る、または取ることを肯定するならそれは言葉の通りの反出生でおかしくないだろう
何故そう両極端にしか解釈出来ないのか
同じ上記の立場であっても各々がそれを支持して打ち出す強弱にグラデーションが存在することは当たり前じゃないか
理解や解釈、取り入れ方、運用の仕方を画一化することなんか出来ないに決まってる
何故なら出生そのものがまず各人によって備わる意味合いや重要性がまるで違うからだ

「この規準を満たしていないなら反出生を名乗るな」「ほんの僅かでも出生を受け入れるならそれは出生と代わらない」なんてやってることに何の意味があるのか
合否判定を設けて反出生を限られたごく少数の先鋭化、教条主義化した人間だけが名乗る思想にしたいのか?
だとしてそれに何の意味があるんだ