>>573
確かに、柴田の言う通りかつて温泉街ってのは市街地の住人にとっては非日常的なハレの場で(むしろこの視座がないと川端の小説は前提自体共有できない)、柴田の言う通り、市街地の寺院はえたひにんやごうむね(変換めんどくさい)のそれこそメンター兼福祉施設として心理的ケアを担ってはいた。一向宗とかラディカルなのもあったけど。

でもね、やっぱりこういう昔の弱者と、今の弱者男性って、なにによって弱者なのかって割りと解離があると思うし、柴田が萌え看板を過去の非日常としてのイコンに連続させるのは危ういと思うんだ。