いやデリダは、その言葉を動かしているのは主体だで決着しているから
空じゃない、ヒントは得ていたかもしれないけどな

デリダが否定したのは意志のほうだな
夢で判断をしているとか、もしかすると自分は狂っているかもしれない?
もしも狂気に取り付かれていたら、判断している言えるのだろうか?
正気と意志決定と、狂気の意志決定、両者は異なっているのではないか

と考えていたので、意識や意志は否定している、もしかすると
この世界は夢の中なのかも知れないと懐疑論の系譜らしい言及もしている

意味を決定する事が出来ないのではなく、出来なくさせている主体があり
その主体こそが脱構築の親玉なのだ、と概ねフーコーに応えている
フーコーも権力論の人だから、デリダも権力は脱構築をするのだと
それとなく伝えようとしていたのである

だけど、夢でも、狂気でも、何でも主体だけは否定していなかった
あらゆる事象の根底に主体を置いていたんだな
そこがダイナミズムとの違い、ダイナミズムは主体なんて想定しちゃいない