プロのスポーツのトップ・アスリートは、平均的に見れば、20代の半ばで
引退する。例外的に活躍する選手でも、30才くらいまでには何らかの深刻な
身体的な障害を経験することがごく普通であり、30代の前半にはそれが
回復不可能なまでに悪化して引退していくことが当たり前である。
一般の人々の健康を増進するための手本としては、プロ・スポーツは
何の役にも立っていないどころか、健康の増進が目的なら明らかの手本
として有害ですらある。

では、なぜプロのアスリートがその時点で発揮できる身体能力や身体技能
の限界レベルで競い合う必要があるかと言えば、そこで活躍されて、
高く評価されることが特別な「めぐ(恵)み」であり、活躍の場を与え
られているアスリートは、発揮することのできる能力や技能によって
そのことを特別に「ゆる(許)され」ているものと人々に広く認識させる
ためである。見せる能力がただ単にレベルが比較的高いというだけでは、
そのように「選ばれている」ことを演出することができない。
そのように選ばれて、活躍することをゆる(許)され、めぐ(恵)まれる
ことに人々が憧れるようにするためには、そのモデルは、人々に
、自分では到底かなわないと感じさせるほど、また、そのように
自分も選ばれることを目指す人々の大多数を、そのために費やす
労力と時間のほとんどにおいて、空回りさせるように「並外れたレベル」
でなければならないのである。