決定論は決定論的に非決定論を含む。
だからといって、それが自由意志ではない。
決定論的自由意志を考えるなら、
決定論的世界と自由意志側に決定論的世界があればよい。
2つの決定論的世界があって、それぞれの世界を保ちながら干渉し合う。
そうなると、どちらの世界にも、相手側からみればそれぞれの自由意志がある。

わたしの決定論的な内的世界の外側には外的世界の自由意志があり、
わたしの決定論的世界に従わない場合もある。
ということで、決定論的世界=自由意志、であるw
これならば、決定論的な機械であっても自由意志を持っているということに...
そうなると、無意識も、意識の内にあるひとつの決定論的自由意志である。
意識は、複数あるかもしれない内的自由意志を調停しているにすぎない、
のかもしれない。