日常的な「多言語使用」は、言語表現に対する感性に関してジャイロスコープ
のような働きをする。ここで私が言う「多言語使用」とは、いわゆる、
バイリンガルが日常的に家庭内と外で2言語を使い分けたり、複数の言語の
話者が混在している地域で必要に応じて人々が複数の言語を使ったり
するようなものとは異なる。

バイリンガルは、その言語能力を職業的に仲介役を果たすために、
自らの2つの母語を用いるのでない限り、言語表現の対応関係について
反省的に捉える必要性に迫られることはあまりない。また、複数の
言語の話者が混在する地域における多言語使用の場合も、必要に応じて
多言語で用件をやりとりすることが求められるだけで、異なる言語
における表現の間でメタ言語的な反省を迫られるわけではない。