>社会の健全さ、いやそれどころか社会の存続それ自体と本質的に矛盾するような価値というものがある、と私は思っている。その視点を考慮に入れていない倫理はむなしい。だから、これまでのあらゆる倫理学説は本質的にむなしい。殺人という例が極端すぎるというなら、いじめの場合で考えよう。人生が面白くなく、どうしても生きる悦びが得られなかった子供が、あるとき友達をいじめることで、はじめて生の悦びを感じることができたとする。それはよいことだ、とは誰も言わない。だが、それでも、それはよいことなのではあるまいか。その子は、以前よりもよい人生を生きているのではあるまいか。共存の原理に反しているからといって、そのよろこびは偽物だとか、ほんとうのよろこびは友達と仲良くするところにあるのだ、といった道徳イデオロギーによって、その子を断罪すべきではないと私は思う。その子は、そういう言説が〈嘘〉であることを、身に染みて知っているはずなのだ。<
『これがニーチェだ』P.28-30