客観は主観の一種というのは確かに言えるかな。


でも、周りのものを受動的に認知しているように思えるんだよね。
つまり、自分の外側に 客観的事実と、私と同じく意識を持つ他人の存在を認識し、
互いに意見交換しあって客観的事実を主観的に理解する(クオリアを利用して)のだと思います。


これも全部私の主観になるのかも知れないけど、上記の内容はみんなが当たり前に思ってることを言語化したようにしか思えないけどなぁ
時計さんの意見は根本から問題点を洗い出すのは難しいですね。代案として上記の 客観的事実があり、それを主観的にみんなが理解して客観的事実を認知する という説を置く事しか出来ないかな。

なんというか、代案の方が真実に近いから時計さんの意見に違和感を感じる気がしてますね…