>>943
死ぬほど大事なことな気がするから繰り返す。

かつて吉本がコム・デ・ギャルソン論争をやったのは、文芸誌も総合誌もデカンショも、そもそも文学を読まなくなってきていた当時の若者たちに、哲学の言葉を届ける戦略だったんだよね。それは当時としては、吉本が在野の哲学者だったから可能だったアプローチだった。

まぁ上野はせっかく若者達が遊んでるところにお父さんが来たような不快感を感じたらしいけどw