>>127
万葉集を引用している人と118さんとは多分同一人物だと思います。
あのような感性を持った人はあまりいないだろうと考えるので
そのように推理します。
この人が問題にしているのはざっくり言って「意識」ですが
その意味でこのスレッドに関わる問題を論じていると私は認識しています。
「知の考古学」ならぬ「意識の考古学」というかんじでしょうか、
ちなみに私は外国語は読めないので、その人のその部分は失礼ながら
98%を読み飛ばしています。
物理学の本で方程式の部分を読み飛ばすのと同じことです。

で、私はここで何が言いたいのかというと
わからないのが普通のようだ、ということです。
私にもわからないことは多いですし(たとえば>>127の「誤解」というのが
何のことなのか、私にはいくつかの候補があり、ただちには絞れません)、
また私の投稿に対するリアクションから私の意図が伝わったかんじがしないのは
しょっちゅうです(原因は私側にある場合もありますし相手側にある場合もあります)。
私はたいてい誰かのレスに対して私の意見を述べるかたちをとっていますが
実質は公開掲示板として不特定多数の人に対し、文脈には殊更こだわらず、
私の言いたいことを言っているだけです。
読者には一般的に言って能力的に理解できる人もいれば理解できない人もいる、
無条件に反発する人もいれば無条件に共鳴する人すらいるかもしれない、
いずれにしてもここで重要になるのは自分のスタンスのとり方だと思っています。
もちろん「わからなくても良い」というのが結論です。

なお、このレスは私の世界観を説明するための伏線になり得ると考えたため
投稿します(ようするに基本的には127さんのためではありません)。
大半の人の記憶には残らないとは思いますが、
それでも誰かがまかり間違って読み返したとき、
すべてがつながったら面白いんじゃないかとか思ったりするわけです。