主観主義だろうがなんだろうが、人間の思考である限り、
「主観からは逃れられない」。
そして、このことは、
「主観に外側/外部など無い」
ということである。
主観(世界)の系が完全であれば「矛盾」が生じる。
しかし、「主観」しかないのだから
それで「完全」でなければならず、「矛盾」と共存する必要がある。

ゲーデルの不完全性定理を、矛盾許容論理として読み替えるなら、
宗教から科学まで、すべては「矛盾」をどうするかというということなのである。
宗教も科学も、なんらかの呪物呪文を用いて「矛盾」を「封印」します。
神だろうが数式だろうが言葉だろうが、これらは「封印」の呪文なのですw
防衛機制も封印の儀式の一種ですw
ま、宗教も科学も(それ以外のもろもろも)、「防衛機制」なのだと考えれば
なっとくできますね。
哲学も防衛機制の一種ですが、哲学者はたちが悪く、封印をとこうとします。
それゆえに彼らが近づけないような言葉で封印されるわけです。