>>258
経験を超えたものもまた経験である、は誤解です。

経験的に正しいという思考回路を先天的に保有している時点で
【経験を超えた何かがある】

経験を超えたものについての一つの解決策は、「経験則で得られた、無条件に成り立ちそうな事 を、物自体界のことを間接的に知る事ができたとみなす事」。
これが公理では?

人によって立てる公理と言えるほどのものは違うと思います。

素直に他人の存在を認める系を採用されないのは残念ですが、時計さんはそういう独我論的な思想家なんだなぁという風に解釈するしかないです。

どの公理が真実に近いかは誰も分からないので、時計さんが主観主義的態度を取るならそういう思想家もいるんだなぁという話になるだけだと思います。

特に意識のハードプロブレムは主観主義者じゃない人たちが疑問に思ったのがきっかけですし、あなたの立場からそれに口出しした所でいまいち納得されなくて当然かと思いますが…


もちろん時計さんが言ってる事が意識のハードプロブレムの回答として最も真実に近い可能性はあると思いますよ、私はその可能性は低いと思ってますけど…