>>430
「時計さんの意識は存在するが私の意識は存在しない」
「時計さんの意識も私の意識も存在しない」
「時計さんの意識は存在しないが私の意識は存在する」
どれも同時に正しく、どれも同時に間違っている、
「我思う故に我あり」は真理ではないということです。

ただしこれは普通理解できないし理解する必要もない、
だからブッダはことさらそれを説かなかった
私にはブッダが菩提樹の下で七日間そのまま蓮華座を崩さなかったというのが
わかる気がします。
私も「体験」のあと七日間ぶっとんでいたからです。