>>440
428ですけど、こういうことですよ、概念や認識が既知の人間は、色が先か赤が先かに囚われるかもしれませんけど、赤ん坊は「色である赤」を体感してるわけですよ、無知の知ですね。

言葉の意味などなくても、現実に知るには「色のあか」に「現実」が伴わなければ無知の知は成立しませんから。

現実の伴わない想起されただけの仮想現実にしかない「あか」も「色の赤」も ただの主観にすぎないってこと。

先達ても「チャリ」であれ「私の脳」であれ「林檎」であれ、客体とか客観ではなく、主観主義者オリジナルの主観にすぎないって議論があったんだけどね。