>>481
私も理性を崇めたてたことはないですね、価値があるかといわれれば、あったほうがやっぱりいいのではないかな。
ただ哲学する時は自然と理性が働いているでしょうけど、日常生活で意識して使うこともないですし、理性的でありたいと思ったこともありませんね、論理的でありたいというのとはまた違うということです。

> >475にただよう悲壮感は他人事ではないと自分を戒めます。
前に意識のハードプロブレムが疑似問題でしかなく解消するものだと仰っていましたけど、例えばあなたの表層意識が>>475に目を通している奥で、潜在意識が深層心理の中にあるあなたの悲壮感を掻き立てなければ、そういう感情が想起されることはないんです。私は意識のハードプロブレムを解明しようとする立場なので、解消すると言っているあなたの意識のイージープロブレムを解き明かすのも楽しんでいるので、悲壮感を感じたことはないんですよね。
感情と理性のバランスがとれていることが大切ってことかもしれませんよ。

>>485
あの思考実験で「見える」はどれで、「見る」はどれなんでしょう?とか一瞬思いましたけど、気が変わりました。
あの思考実験の設定自体、互いの認識を擦り合わせると思ったら、面倒臭いだけなのでやめておきましょう。

>>486
そうですね。