脳はもともとは考えるためのものではないはずです。
また、クオリアの獲得は人間以前にさかのぼると思います。
意識は何かのコントロールをしようとするとき
うまくいかなければ不安になったり不満をもったりするもので
やがて状況を打開するために「知」が有効であることを発見できると
それを恒常的に反復し始めるようになるのだと思いますが、
しかし完全に不安なり不満なりを解消できるものではないようにも思えます。
このやり方はいわば一時しのぎですが、たぶん生命は本来アサハカです。
進化すればするほど絶滅のリスクが大きくなります。

「知」が手段ではなく目的であるとはどういうことでしょう。
「知る喜び」というのは「知」が「喜び」の手段になるということです。
「知」はそれ自体にはメリットがあるようには思えないのですが
いかがでしょうか。

ただしここで想定している「不安」とか「不満」とかは
人間のものとは違うものです。
人間のものは、それがどのようなものなのかはわかりませんが、
よりシンプルなものから進化したものなのではないかと考えます。