認識されている世界は意味の階層という構造を持っているようです。
意味は下位要素の上位として成立しています。
それはたとえば「私」という概念も同様です。
ここで私(でこすけ)はアルチンボルドの野菜でできた顔を思い出します。
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/5906
そこにあるのは野菜だけのはずですけど、なんとなく顔が見えるわけです。
「私」もまた、様々な精神現象の背後(?)に現れる意味(錯覚)のように思えます。
「私(自我)」は存在ではない気がするのです。
「私」の存在は疑える、故に私(でこすけ)は
「何かが考えている、故に何かが存在している」と表現しています。