>>963
私には私が何かを認識するとき、たとえば目の前にリンゴを認識しているとき、
それは意識の外部に由来するような気がして仕方がありません。
私の意識の内部で完結するようには思えないのです。

しかし私がリンゴを認識するのは、その実在の一択ではないと考えます。
その由来は「存在」の他に「情報」も想定し得ると思うのです。
たとえばテレビに写っている人は実際にテレビの中にいるわけではないですし、
夢の中で出会う人も本当にそこにいるわけではありません。
彼らはつまり「情報」から変換されたものです。
同様に、じつは現実世界とされているところで認識されている物体も
そのもとは「情報」の可能性もあるはずです。
むしろ私にはいくつかの観点から、その可能性の方が高いように思えるのです。
つまり意識の外側に物質という実体は存在しないということです。