ただ、私は扉が閉まっている冷蔵庫の中の牛乳は存在しない
と言ってきた一方で、並行宇宙は存在するとも言ってきました。
これはじつはその牛乳は扉の外側にいる私にとっては認識上で存在しない
という意味で、あるいは牛乳は冷蔵庫の中にあるのではなく、意識の中にある
ということを象徴的に表現したつもりのものです。
この理屈の延長では、他者の意識は存在しないとも言えることになります。
しかし、もし扉が閉まっている冷蔵庫の中に人が入っていて(むしろ冷蔵室)
その人が牛乳を見ているのであれば、その人にとっては牛乳は存在すること
になりますから、他者にも意識は存在すると仮定するのであれば
結局娘の世界のどこかに牛乳は存在していることになります。
並行宇宙も私にとっては存在しませんが、
誰かにとっては存在しているだろうということです。
ただしこれはあくまでも意識の内側でのはなしです。