>>866
空間が虚構だとすると、時間も虚構にしておきたくなるのが人情だと思います。
そこで私も考えました。そして結論としては、虚構といえば虚構ですが
むしろ仮想というニュアンスのような気がしています。
となると空間の方も虚構というより仮想の方が良かったかな
とか反省してしまいます。

順番に説明しますと、稚拙な認識論からです。
私は仮想現実とか言って、月は存在しないみたいなことを言いました。
たとえば夢の中で見る月は存在しません。それを見る仕組みがあるだけです。
同様に、しかし夢で見る月とみんなが見上げる本物の(?)月とでは違う、
夢の方は私が存在しなければそれも存在しないのに対して
みんなで見ている月は私がいなくても成立している、
それはそうだけれども、ただそれは客観的に存在しているのではなくて
じつはみんなでそのように認識する仕組みがあるだけではないだろうか
というのが私の主張です。
いずれにしても現れているものとその対象自体のあいだには
ズレがあるだろうという印象があります。
そしてその流れで時間も仮想ということになるだろう、
私たちが想定している時間は時間そのものとは違う、
そもそも世界そのものが仮想ですから、時間も仮想ということになる
と考えるわけです。