白昼「いま」は昼であると思っても「いま」自体は時間が進んでいくが故にどんどん昼の否定形として進み、夜や朝も指すような普遍的なものとなる。また、「ここ」は樹木だと思ったとしても、振り返って家があれば「ここ」は家であるから、樹木も家も存在し続けるが故に「ここ」は普遍性を帯びる。

同様に、一本のペンが一本の鉛筆と等価値だから交換し、そして同じ一本のペンが一個の消しゴムと等価値だからというようにまた別の商品とどんどん交換していくと、逆にその別の商品たちの方からその一本のペンと交換したいというようになって交換するようになれば、一般的等価形態を一本のペンが持つようになり、普遍性を帯びるようになる。

俺はこの2つの話はあるものが広がった結果として普遍性を獲得するようになるという点で似ていると思う