⦿実のある話は決め付けや独断と偏見では出来ない。だから反出生や出生賛美はそもそも実のある話では無い。

⦿子供はこの世界に生まれて浅い。人間は時間や経験を通して成長し、同時に物の見方を変える。
子供の目線がまだ未熟なのは明白。反出生や出生賛美はボケが始まっていない老人が、独断と偏見無く論じて初めて重みがある。現状は反出生は子供目線から見た世界観のみで捉えられているだけ、出生賛美は独断と偏見が混じった文化で見ていない部分が多い。

⦿分からないものを分からないと認識しないと宗教と変わらない。懐疑主義という言葉に惑わされて主張本来の意味合いを知れていない

⦿正当性が無ければ反出生は社会に受け入れる物では無い。とは何度も述べているがログを読まない人間には届かない。社会に受け入れて貰えないなら宗教として存在するか、厨二病の様な1種の痛い妄想として捉えられる他ない。これでは反出生主義者の願いである出生は悪という概念が広まることは叶わない。つまり実のある話にはならないという事。それどころか反出生は宗教や厨二病的な痛い妄想として捉えられているのに、他人をも含めて批判する様な言動だから不特定多数の人間に攻撃している。そして反出生自身はこの事を目に見えないからと言って自覚出来ない。正当性が無いと反出生は個人的な考え方という枕詞を常に持たせないと迷惑な言動に成り下がる。その迷惑を振りまく現状と周りからの視点を伝えているのが正当性の有無。もう一度言うけれど既に書いてある。