人間社会が究極、何をやっているのかといえば、遺伝子と本能に従って、種の保存を
慣習的に繰り返しているに過ぎない。この点で、他の生命、ミジンコや
コロナウイルス、大腸菌、善玉菌、悪玉菌、と人間は大して事情に変わりはない

真に知性を有した主体であれば、この不断のトートロジーと慣習に懐疑を抱くはずだ。
人類は、どの時代をみても、結局のところは同じようなことを繰り返している
のに過ぎない、ということに否が応でも気付かされる。

食べて、飲んで、寝て、遊んで、仕事して、生殖して、病を得て、死ぬだけだ

この点で他の動物と本質的には変わりない。そのため、真に知的な主体であれば、
なにか別様のあり方を求めるニーズがそこに出てくることだろう。表層上が少々
変わったように見えても、所詮、私たちは同じゲームを古代から延々と繰り返している
に過ぎない。このゲームの構造を土台から見直すのが反出生主義であり、
哲学の有する本来のラディカルさである