「三浦瑠麗」という虚像は需要と人選ミスが生んだ…最初からいかがわしかった

第2次安倍政権後に表舞台に出てきた瑠麗は最初からいかがわしかった。薄着姿で意味不明なことを言い、世の中をけむに巻く。

「お父さんがパチンコとか競馬でお金をスッたり、家庭内暴力で殴ったり、飲酒におぼれたり、どれも合法なんです。合法な活動で家庭が崩壊するケースはいっぱいあるのに、なぜ宗教法人(だと問題に)になるか、これは政局だからです」とあさっての方向から統一教会(現・世界平和統一家庭連合)を擁護したり。そもそも「家庭内暴力」は合法ではない。

 結局、メディア上層部の戦略ミスだったのだと思う。「上から目線で偉そうに説教する女性キャラ」には昔から一定の需要がある。

 そこで曽野綾子や桜井よしこの後釜になるような人物として瑠麗にスポットが当たったが、「大喪の礼」を読めずに国葬を語り、「ワシントン・ポスト」と「ワシントン・タイムズ」を間違えながら統一教会問題を語る瑠麗には無理がありすぎた。それでも引き返せなくなったのが今の惨状ではないか。

 瑠麗の夫による太陽光発電所の建設計画には実体がなかった。実体がなければ必ずボロが出る。こうした意味において、瑠麗は佐村河内守やショーンKに近い。メディアは何度も同じ過ちを繰り返すべきではない。