>>14
辻田の言ってる推定無罪は一見正しいように見えるが犯罪容疑は容疑者個人で完結する犯罪の一部を除きそこに被害者がいることも忘れてはいけない

辻田の主張は結局は加害者擁護で被害者無視の思想でしかない
思想はちゃんと加害者と被害者のバランスの中で展開する必要がある

加害者擁護のみの思想はすぐさま全体主義の肯定へとつながって行く
なぜなら被害者という他者を視界から外して無視しているからね

あずまんや、もはやあずまんのコバンザメ的な振る舞いの辻田が間違っているのはナルシシズムに拘泥して他者(近しい人でない一般の人々)への想像力が著しく欠如しているところだよ
このナルシシズムに拘泥の他者欠如はちょっとしたことで被害妄想の段階に突入して行く
プーチン大統領なんてその他者無視の被害妄想の真っ只中だからな

この思想こそ中世そのものだよ

三浦瑠麗は夫の犯罪容疑と無関係だと言うなら夫から独立してその容疑についてしっかりとした論評をする必要がある
それが言論人の勤めだからね

ところが今回の三浦瑠麗は夫の妻としての振る舞いに終始してる
このことは常識的には別に構わんがこれこそが家族主義そのものだ
であるなら外からは家族として問題はなかったのかを問われるのは当たり前だろう

辻田が根本間違っているのは加害者と被害者のバランスの中で論評が全く出来ていないところで、"推定無罪"という思考停止で加害者/被害者のそれぞれへの視点を放棄して加害者擁護に無条件で逃げ込もうとしてるところだよ
それは言論人の廃業を意味する

かつ相手が家族関係の中での話をしているのであれば家族関係としての論評も必要になる
しかしそれを辻田はこれまた"家族連座性"とかの加害者擁護である思考停止の言及放棄にひた走っている