三浦瑠麗は夫の犯罪容疑と無関係だと言うなら夫から独立してその容疑についてしっかりとした論評をする必要がある
それが言論人の勤めだからね

ところが今回の三浦瑠麗は夫の妻としての振る舞いに終始してる
このことは常識的には別に構わんがこれこそが家族主義そのものだ
であるなら外からは家族として問題はなかったのかを問われるのは当たり前だろう

加害者と被害者のバランスの中で論評を言論人としてする必要がある
今回の三浦瑠麗の夫は10億円の詐欺容疑でその資金が三浦瑠麗との高級タワマン自宅の引越しや軽井沢の広大別荘購入費用に充てられた業務上横領の容疑も出ている

しかも三浦瑠麗は夫の会社の株式の半分を三浦瑠麗自身が持っていると本人が証言していて三浦瑠麗の社会的責任も問われている

相手が夫の家族関係の中での話をしているのであれば家族関係としての論評が必要になる
かつ半分所有しているという株主としての社会責任もある
両者共に言及されるのは当然だろう

しかしそれを"ミソジニー"とかとすり替えてる時点で加害者擁護である思考停止の言及放棄にひた走っているよ